2013年3月7日木曜日

ギブソンと認識論

生命の特徴として,環境である外部を生体の内部に「埋め込む」点が挙げられるだろう。それは脳の認知のレベルでなくても,単に細胞の内部状態が細胞外の環境に適応的な状態へと変化するレベルでもよい。
今回はアフォーダンスについて考えてみたい。佐々木正人『アフォーダンス―新しい認知の理論』は,認知理論の転回を,ギブソンの歩みとともに紹介した,極めて明快で平易な入門書である.本論は心理学的実験によって正当性が与えられているが,純粋に論理的帰結として与えられる,「埋め込み」において普遍的な理論かもしれない。

■旧知覚モデルの問題点

人間の知性の設計原理はどのようなものか。従来の知覚モデルは,環境(刺激)を完全に表現し尽くした知識表象を(網膜などへの結像)作りあげて,それを統合・判断し,意味を作り出すモデルであり,これはデカルトのコピー説として知られる。その際,知性体が環境で行為することの意味は非常に小さく見積もられた。ギブソンの理論ができあがる上では以下の背景があった:
  1. ゲシュタルト問題は,感覚器官への刺激(あるいは網膜像)が知覚の原因であることを疑問視した.交互に点滅させた電球が,点滅速度によって,点滅に見えたり運動に見えたりする現象は,ファイ現象と呼ばれている。
  2. 静的な像ではなく動的な変化によってこそ,対象の不変な性質が明らかになることがわかった.従来の刺激に代わる「刺激の配列(stimulus array)」とは,環境の中で動き回る知覚者を表現している.
  3. 軟体動物のもつ凸状の眼は,像を結ぶことがないため,「形」や「像」だけから視覚を説明することが誤りであるとわかった。これより,知覚者が環境からどのようにして情報を得てくるのかについての,新しい説明を与える必要が出てきた。
  4. 対象の見えの成立には,光の状態が関与している。つまり,光があること,あるいは光がないことが,情報となりうる。「包囲光の配列」のそれぞれは,観察者の移動や環境変化に伴って変化するが,この変化によって環境の中で不変なもの(不変項)が明らかになる。
(佐々木氏が前著で陽に構造主義との関連を言及しているわけではないが,)これらの背景には構造主義の勃興があると思われる。点列が動くことによって,不変な構造が見出されるようになる,という実験は極めて構造主義的である。光のキメが情報となることは,差異の構造があることを意味している。

■ギブソンの認識論

これらから,ギブソンは生態学的認識論を提唱した。情報は人間の内部にではなく(刺激が頭の中で加工された結果ではなく),周囲にある。知覚は情報を直接手に入れる活動であり,それは環境に対する探索である。環境の持続および変化する性質は,包囲光の中の情報(面の配置とその変化)に埋め込まれている。それには観察者自身の情報も含まれている。(相補性:モノを触ることは,自分の手や皮膚の状態についても知らせてくれる。)

アフォーダンスとは,環境が動物に提供する価値のことである。生態学的実在論とは,アフォーダンスが環境中に実在することを強調する理論である。知覚システムは,知覚対象に応じた器官の組織化を行う(受動的な「刺激」の押しつけの代わりに,知覚者の能動性を強調して「器官」と呼んだ)ことで,アフォーダンスをピックアップする。知覚システムが獲得する情報は冗長なことがある。さらに知覚システムは,環境との持続的・反復的な接触により,それまで発見できなかった情報を特定できるようになる(学習,知覚システムの高度な分化)。

運動制御に関する従来のモデルは,静止する全身の配置をつなげることによるものであった。即ち,アプリオリに内在している運動プランが,運動を制御していた。ベルンシュタイン問題は,自由度の問題と,文脈依存的な筋肉の役割の多義性の観点から,従来のモデルに異を唱えた。正しいモデル(あるいはアプローチ)は,中枢による制御ではなく,運動単位がマクロな結合というものである。即ち結合による自由度の制約と協応構造である。刺激→反応という伝統的な図式は間違っており,知覚と運動は協応している。

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