2013年3月26日火曜日

意志力を科学する

この本,書店で山積みになっているのだ。ケリー・マクゴニガル著『スタンフォードの自分を変える教室』。ただの自己啓発本と思って手にとってみると,「科学者になりなさい」と書いてある。いったいどういうことか。

著者は,意志力を「やる力」,「やらない力」,「望む力」に分類し,それらが前頭前皮質の働きによることを説明する(それぞれが前頭前皮質の上部左側,上部右側,中央の少し下に対応するんだとか,部位までわかってるのはほんとなの?)。だから,科学的な方法で脳の状態を変化させれば,前頭前皮質の働きを高めて自己コントロールを強化できるという著者の主張は,そこそこ納得できる。

意志力の強さは,心拍変動でわかる(自律神経系のバランスがいいってことなんだって)。心拍変動の高い人は,意志力が強いらしい。意志力を弱める生理的要因にはストレスがある(例えば恐怖を感じたり気分が落ち込むと,「どうでもいい効果」が働いて誘惑に負けやすくなるらしい)。意志力を高めるためには,例えば呼吸を遅らせたり睡眠をとったり適度な運動をしたりするといい。意志力は筋肉のように鍛えることができて,そのためには自制心を要する小さなことを継続して行えばよいという。それはどんなことでもよくって,ちょっとした動作を左手でやってみる程度でいいみたい。

興味深かったのは,「モラル・ライセンシング」という心理学的概念である。人は何かよいことをすると気分もよくなって,自分の衝動を信用しがちになるので,悪いことをやってもかまわないと思うようになる。メニューにサラダを加えたとたんに,ビッグマックの売り上げが驚異的に伸びたという驚くべきデータがあるらしい。
もう一つ面白かったのは,進化的に脳は報酬を期待すると満足感を得られると勘違いしてそれを追い求めてしまうので,世の中には報酬系を利用した戦略(試食とか)がたくさんあるという視点である。でも実際には,報酬系の興奮と幸せは一致しないというデータがある(1)。ドーパミンをうまく「やる力」と結びつければ意志力がアップするが,(本当は満足感をもたらさない)まやかしの報酬を追求すると失敗する。また,人間は将来の報酬を割り引いてしまうので,小さな目標を立てて取り組みモチベーションが保てるようにすればいいってのは,知らずのうちに僕たちも実践してることだよね。

本書を通じて,著者は常に科学的であろうとしていたと思う。結局,意志力を高めるためのハウツー本というよりかは,自分たちの内面に注意を向けて分析することが,最良の方法なのだと強調していた。そうした中立性を堅持する姿勢に対しては,いくらか感心する。

(1) 期待と報酬をもらう過程の間に時間をおいた遅延タスクをやらせてみた実験らしくて,期待と結果は別の部位(それぞれ線条体と腹側正中前頭皮質?)を活性化させた。だから,ドーパミンは期待だけを生み出すという論理らしい。でも,ドーパミン作動性ニューロンは,どうやって遅延タスクの予測誤差を表現してるの? だれか教えて。

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