2013年6月27日木曜日

価値中立な「データ」は存在するか?

村上陽一郎著『新しい科学論』(講談社)を読んだので,簡単に紹介したい。本書は,amazonでは絶賛されているが,若干ありきたりなものを感じた。1979年当初では,相当新しかったに違いないが。

著者はまず,常識的な科学へのまなざしを
帰納と演繹のくり返し,経験的観察と論理的導出の円環的なラセン運動によって,ありそうと思われる仮設の確からしさを増大させていく営み(p. 55)
と表現する。その科学観では,データを普遍的な真理として与えられたものと捉え,データの蓄積が法則の進歩へとつながる(より真理に近い)と考える。つまり,常識的な科学は,少ないデータに基づく法則を多いデータに基づく法則が包み込むという,包括的な性格をもっている。

この様子は,認識論的な立場からは,バケツに喩えられる。つまり,穴の空いたバケツが人間であり,穴へと流れこむ水は外界のデータである。さらに,外界のデータを認識する際には,偏見が取り除かればならない。このように,客観的で普遍的な真理を追求する試みとしての科学観は,ボルツマンの言葉「科学者は裸がお好き」にも認められる。

2013年6月2日日曜日

救急車の転院搬送―潜在する倫理的問題

先日救急車の実習で,転院搬送に遭遇したので,どんなものなのか10分くらいで調べたことをまとめておく。

東京消防庁救急業務等に関する条例によれば,
第2条  この規程において「救急業務」とは,次の各号に掲げる業務をいう。
2 屋内において生じた傷病者(前号で規定するものを除く。)で,医療機関等へ緊急に搬送する必要があるもの(現に医療機関にある傷病者で,当該医療機関の医師が医療上の理由により医師の病状管理のもとに緊急に他の医療機関等へ移送する必要があると認めたものを含む。)を医療機関等へ迅速に搬送するための適当な手段がない場合に救急隊によって医療機関等に搬送すること。

第43条 転院搬送する場合は,当該医療機関の医師からの要請で,かつ,搬送先医療機関が確保されている場合に行うものとする。
2 前項の転院搬送を行う場合は,当該医療機関の医師を同乗させるものとする。ただし,医師が同乗による病状管理の必要がないと認め,かつ,搬送途上における相当な措置を講じた場合に限り,医師を同乗させないで搬送することができる。
とある。

2003年中の東京消防庁救急隊の出場件数は663,765件で,48秒に1回の割合で救急車が出場し,都民18人に1人が救急車を利用した計算になるという。このうち,「医師の病状管理のもとに緊急に他の医療機関等に移送する必要があると認めたもの」と定められているが、全搬送人員39,623人(出動件数のおよそ6%)のうち,医師,看護師の同乗がないものが23,909人(約61%)であった[1]。

増大する救急需要への対応や,緊急を要しない軽症患者搬送を抑制するため,2005年4月,東京都は民間救急導入を開始した。東京消防庁HPでは,
緊急性がない場合で,転院搬送(病院間の患者さんの移送),入退院、通院等で交通手段がないときは,東京民間救急コールセンターにお問い合わせください。
東京民間救急コールセンターでは東京消防庁が認定した患者等搬送事業者(民間救急車)やサポートCab(救命講習を修了している運転手が乗務するタクシー)を案内しています。
とある[2]。

このような民間救急車は,東京消防庁の救急車とは異なり,有料である。業者によって差があるが,一時間で一万一千円(運賃五千円,介護料三千円,付添看護師要請料三千円)というケースもあるという。さらに,医師の同乗がないことを理由に、半ば強制的に民間の車を使わせる民間救急コールセンターの試行運用による苦情も相次いだ[3]。

[1] 救急需要対策検討委員会専門部会報告より
[2] http://www.tfd.metro.tokyo.jp/lfe/kyuu-adv/tksei01.html
[3] http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-02-09/15_01.html